終活と意識していない…大震災から学んだ大切なこと
“終活”と言うと、定年退職をむかえた高年齢の人を対象に、お墓だ!遺言だ!趣味は?旅行は?エンディングノート書こう!と頭に浮かぶ人が多いと思います。
自分の旅立ち後、残された人に迷惑をかけないように…という思いからスタートする人が多いのではないでしょうか。
TOMOIKUでは人生二毛作の準備を行うためのサイトにしていきたいと思い、綴っています。
終活は50代や高齢者の活動だけではなく、若い世代が自然な気持ちから行う場合もあります。
きっかけは、阪神淡路大震災や東日本大震災と他のさまざまな震災を、現代ではリアルタイムで映像で見ていることから、他人事とは思えない苦しみを感じるからです。
私は中部地区に住み、被害がない自分が当時のことを語るのは申し訳なく思いますが、終活のきっかけにする方が多いので、綴っています。
大切な人を失う苦しみは、経験をした人にしかわかりません。
それでも…日本だけではなく世界の多くの人の心は大きく動いたのです。
この大規模な自然災害は、人の運命や命は一瞬先どうなるか、誰もわからないという“絶対的な事実”を突きつけたことでした。
被災地で災害に遭遇していまった人は言うまでもなく、映像から津波の凄まじい破壊力からは、自然災害が理解できない小さな子供でさえも、恐怖を感じています。
このことから、心のどこかで“生き方”について、意識が変わったと言われています。
そして、モノとは呆気ないものなのだ…ということで、断捨離が加速されたと言われています。
“今日を生きる”ということから、余分なものを削ぎ落とす生き方を選択する若者が増えているのです。
あのような悲惨な出来事からも、人は大切なコトを学びとることが、生きているということなのでしょう。
終活という未来の予想図を描く
若い方も歳を重ねた方も、未来を自分で設計してみることで、歩む道の方向が決まり、今、何をするべきなのかが見えてきます。
歳を重ねると「変更されること」に苦痛を感じることもあるかもしれませんが、それが人生。
楽しんで変更していいと思うのです。
人生の自由とはありのままでいきていく…とイメージされる、映画の大ヒット曲、歌詞のフレーズで「ありのままで…」という言葉がありました。
この「ありのまま」って、ひとそれぞれの生きてきた立ち位置で全く違うものに捉えられてしまいます。
もともと自由奔放に生きてきた人が、「ありのままで…」のヒットに感化されたら「わがまま」のナニモノでもないことがあり、自分を表現するのに「ありのまま…」は現社会ではとても難しいことです。
でも、社会人になり人間関係や仕事上で、我慢を強いられて生きてきたシニアであるのならば、若き頃出来なかったことを、日本の法律に背くことでもなく、大切な人を傷つけることでないのであれば「ありのまま」で生きていく「自由」を掴んでほしいと思うのです。
それは遊ぶことでも、仕事でもいい…「選択の自由」です。
そして、若い方たちは、大切な人を守るために…自分自身が生きていくために、今は自由を感じられない時かもしれません。
でも、自分の未来の予想図を書き、選択の自由ができるその時まで準備を重ねていくことを意識していると、自然にその日が訪れます。
20年前、私の知人に相談されたことなのですが、ノストラダムスの大予言で地球が滅亡するのだから、高校受験をしないという選択をした息子さんの話です。
本当に受験しませんでした。
地球が滅亡しなかったので、成人してから夜間学校に通ったそうです。
いつ、今の生活が突然変わってしまうのは、誰にもわかりません。
しかし、未来の災害を心配して、何も動けなくなってしまうのは、もしかしたら後々後悔することになります。
「選択の自由」が訪れる、その日をイメージする未来を考えて、今、行動しておきたいことをしておきませんか?
自分らしく生きるって何?
「自分らしく生きる」って、簡単なようで難しい言葉に感じます。
自分って一番近い存在なのだから、よく知っていていいはずなのに、意外と分からないものです。
自分らしく生きるためには、自身のことを知らないと始まりません。
結構、これが厄介です。
私は今まで「自分らしく生きる」と考えるよりも、生活での眼の前のことに追われていて、わかっているようで全くわからないまま生きていたような気がします。
自分を知ることも“終活”のひとつだと私は考えています。
好きなことや嫌いなこと…自分が興味があることなど考えていくうちに、“自分の価値観や心のあり方”が見えてきます。
疲れたり落ち込んだりした時に、好きなコトやモノに助けてもらう感覚で過ごしていると、好きなことがもっと好きになる…。
そんなことを繰り返していくと、自分の落ち込んでいる原因や、改めて感じたこと、価値観が明確化してくる。
大切にしたコトやモノ・譲れない想い・たとえ自分が傷つくであろうことでも絶対守りたい!という頑固なほどの想い。
それが、自然に言葉や行動になって“生き方”にも影響しています。
「自分らしく生きる」を模索してみると、人生二毛作・自由の選択するその時、道が自然に決まっていくような気がします。
終活は自分を知り、自分が作った道標になります。
頭で考えるよりも、書くことで更に明確化できるので、エンディングノートもどきの“終活風自分史”など書いてみてはいかがでしょう。
震災が多くの人の感情を動かしました。
自分や大切な人の命・人生について考えていく“思考”が明日のあなたを変えていくと思います。
被害に遭われた方々へ
震災から7年が過ぎましたが、改めて心よりお見舞い申し上げます。
被災者の方にとっては、この記事は呑気な話をしているのかもしれません。
傷ついていらっしゃる方々に心よりお詫びいたします。
忘れることのできない辛い日々を過ごされている方が、多くいらっしゃると思います。
一日も早く安心して過ごせる生活環境が整いますことを、心よりお祈り申し上げます。